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世界観光機関（WTO）によれば1997年の国際観光発着者数^※１は、対前年比3.0％増の6億1284万人を記録し、史上最高となった。東アジア・太平洋地域で通貨危機による経済不振で全体の伸び率が抑えられたものの、おおむね好調の内に推移しているといえよう。
また運輸、宿泊、飲食、娯楽、サービス等で構成される観光産業の台頭も目覚ましいものがある。世界旅行産業会議（ＷＴＴＣ）の調査では、その産業規模は、97年には3兆4,610億ドル（直接、間接を含む）を占め、全世界ＧＤＰの11.6％に達している^※2。（図表1-1）
さらに同調査においては、2010年には観光産業は全世界のＧＤＰ（国内総生産）の12.5％、雇用人口は10.9％にまで上昇すると予測されており、世界の基幹産業に成長しつつある。ジョン・ネイスビッツは、「グローバル・パラドックス」において、観光産業は「２１世紀最大の産業」になるとも指摘している。

世界的な国際観光の隆盛の中で、海外旅行者の出入り数でみると、日本はかなり特異な状態である。すなわち海外に出ていく日本人旅行者（アウトバウンド）は1,581万人に対し、入ってくる訪日外国人旅行者（インバウンド）は411万人にすぎず、その差はほぼ４対１であり、他の先進国では例をみないインバランス（不均衡）を示している（図表1-2）。
特に外国人旅行者受入数（1996年）は世界32位と異常な低位であり、フランスや米国といった欧米の観光先進国ばかりか、マレーシア、シンガポールなどアジア諸国にも差をつけられている（図表1-3）。加えて訪日外国人の滞在日数も８〜９日で推移しており（図表1-4）、オーストラリアの24日などと比べてもその短さは歴然としている。
この結果、日本の観光収支は突出した赤字となっている（図表1-5）。赤字額だけをみると、ドイツも日本と肩を並べるが、受入旅行者数は一桁多いため、日本とは次元の異なる結果であるといえる。
ここで各国のＧＤＰと観光収支との関係をみると（図表1-6）、わが国は、欧米先進国と比較しても、観光収入の絶対額、対ＧＤＰシェアとも最低水準であることがわかる。
このように日本の観光産業を概観した場合、その経済的な地位などと比較して非常に不活発な状態であると言わざるを得ない。今後大きな成長が見込める観光産業の世界的潮流に遅れないためにも、日本における国際観光産業の見直しと育成が緊急の課題といえよう。

遅ればせながら日本でも訪日観光交流倍増計画「ウェルカムプラン２１」の提言がなされ、外国人旅行者の誘致のために新たな施策が展開されつつあるが、例えば予算・人員面を含めてまだまだ貧弱な状態である（図表1-7）。これらを実現するには、政策的イニシアティブによる強力なプロモーションが必要であろう。
特に日本では、多年にわたり製造業が貿易黒字を実現し、 完全雇用に近い状態が近年まで続いていたため、観光を戦略的産業として育成するという視点も、動機づけも、弱かったことは否めない。しかし「右肩上がり」の時代が終わった現在、以下のような優れたポテンシャルを有する観光産業の振興に向けた本格的取り組みが必要であろう。


〈新時代の観光産業の捉え方〉 １．観光が国内資源の活用を通じて外貨を獲得する有力な産業である。 ２．観光は大規模な地域雇用を創出する手段である ３．観光は、ホテル・レジャー施設、航空、鉄道、飲食、代理店のみならず多産業間にわたり、効果的な連携、ホスピタリティの質のコントロールなどにより、はじめて成り立つ総合産業である。

２	各国の旅行・観光産業と政策

観光産業の成長とともに、各国の観光への取り組みも非常に積極的になってきている。昨年は、隣の韓国でも金大中大統領自ら誘客のためにテレビＣＭ出演、米国でも大統領はキャンペーンの第一線に立っており、国の施策として観光を重視しようとする動きが各国で活発になっている。
以下では、すでに観光を基幹産業と重視する米国をはじめ、アジア・太平洋屈指の観光立国であるオーストラリア、シンガポール、急成長を見せる中国など、観光立国へ独自の歩みを見せる４国について概観してみたい。

（１） アメリカの旅行産業と政策

アメリカの観光施策の主体は、州政府が担っているが、連邦レベルでは、各州が有効な施策を検討できるよう、観光統計・データ整備など情報面からの支援を行っている。

�@概　況

アメリカは石油などの資源大国であり、工業大国でもあるが、同時に観光大国として頭角を現しはじめていることにも留意すべきである。
アメリカは1991年までは、海外からくる旅行客よりも海外へ出てゆく数の方が多かったが、92年以降海外からの旅行客数が出る客数を上回り、旅行輸出国へと転じている。
アメリカの観光産業の規模も1986年260億ドルから、96年には900億ドルにも拡大し、食品産業に続く巨大産業に成長した。また89年以降は観光収支は毎年黒字に転化しており、1998年から2001年にかけて年間３〜４％の成長を見込まれるなど観光産業にかける今後の期待は高い。
訪米観光客数を国別に見ると、北米を除いて一番多いのは全旅行客の約２割（537万人）を占める日本であり、歴史的に繋がりが深いイギリスをも上回っている。ただしアメリカから日本に来ている旅行客数はわずか67万人（1999年：観光白書）であり、日米には大きなインバランスが見られる。


（出典） 米国商務省 1997


（出典） 米国商務省 1997

（出典） 米国商務省 1997

アメリカ連邦政府は、海外旅行客による収入はＧＤＰに大きく貢献すると認識しているものの、観光政策は基本的には州政府の分担としてるため、政府レベルでの支援は情報面での整備が主体である。その一つとしてＴＴＳＡ（旅行・観光サテライト統計）と名付けられた観光業に関する精密な統計データの作成がある。州政府が有効な施策を講じるベースとして、観光産業の基礎となるデータを整備するというものである。ＴＴＳＡの概要は次の通りである。

１.観光産業を産業として把握するために国レベルでの経済データを提供
２．政策立案当事者に観光産業の実態とその役割に関する情報を提供
３．観光産業への投資を観察し、地域経済における観光産業の役割や雇用創出に係わる分析ツールを提供

�Bフロリダ州の場合　〜州の観光政策は商務省からVisit・FLORIDA社に〜

フロリダ州の商業振興で、まず言及しなければならないのは州の商務省が解体され、半官半民制に移行されていることである。商業、貿易、企業誘致などビジネス関連業務はエンタープライズ・フロリダ社へ、観光産業関連はビジット・フロリダ社へ移管されている。

（出所）南フロリダ日本協会

かつて商務省の一部だった観光局は、エンタープライズ・フロリダに該当する機能がなかったため、新たな観光施策を担う組織として非営利団体「フロリダ観光産業委員会」が誕生した。
会員制として登録されている400社以上から構成されており、会費113万ドル、州予算としてレンタカーに追加徴収される２ドルからの2000万ドルにて運営されている。2001年からは寄付、会費、州からの補助で運営され、同時に「ビジット・フロリダ社」に名前が変更される予定である。
　
前述のようにアメリカの観光振興は地域主導型であり、各市やそこに立地する企業との間においても意欲的な取り組みが次々と実現されつつある。その好例としてアメリカを代表する観光資源である「ディズニーランド」での市と企業との連携ケースをあげておく。
　

事例：ディズニーとアナハイム市によるPPP (Public / Private Partnership) 90年代に入り、ディズニーランドを運営するウォールト・ディズニー・カンパニーと、その所在地であるアナハイム市は、ディズニーランド周辺地域整備について広範な協調開発路線を歩んでいる。 ディズニー側としては、ディズニーランドの他、スポーツチーム、商店、ホテルを展開した長期滞在型観光地となること、他方市としては、都市のスプロール化の抑制や老朽化したインフラを改善し、ビジターサービス地域として十分な環境整備を目指す。思惑は違えども、来訪者の長期滞在・増加をねらう方向は一緒である。 ディズニーランドは、市が押し進める「アナハイム・リゾート区域」計画に沿い事業を展開している。具体的には、現在の駐車場用地を利用し、2001年の開業予定の新テーマパークや複合商業施設。また関連するウォールト・ディズニー・イマジニアリングもリゾートホテル「グランド・カリフォルニアン」を建設予定。 これに対しアナハイム市は、「アナハイム・リゾート区域」開発の一環として、道路、電力、電線などの公共施設の整備に5億ドルを拠出し地域整備を実施。また州と群では、10億円をかけインターステーツ高速を拡張する予定だ。 このリゾート計画により、オレンジ群への旅行・滞在者は年間で4千万人、55億ドルの経済効果、さらにディズニーランド単体では１千4百万人の集客が見込まれている。

　
（２）オーストラリア

コアラやグレートバリアリーフなど恵まれた観光資源を持つオーストラリアは、91年に観光省を設立し、総合的な観光誘致振興を実施してきた。広範な情報発信から観光投資促進策の整備など、観光産業を着々と基幹産業として成長させている。

�@概　況

オーストラリアの観光産業は、国内総生産の約１割を占めており、外貨獲得では97年全産業トップの約160億豪ドル（１豪ドル＝約85円）にのぼるなど、有力な産業に育っている。また雇用面でも、95年の調査では、旅行産業は69万人（全雇用の8.4％に相当）の雇用創出効果をもたらし、間接的にはさらに33万人の雇用を作り出している。
ただし98年は、外国人観光客の５割以上を占めるアジアからの観光客が、通貨・金融危機のため大幅に減少したため、外国人観光客数自体もは９年ぶりに減少した。
また日豪の旅客割合を見ると、日本からのオーストラリアへの旅行者数は約81万人であるのに対し、オーストラリアから日本へはわずか10万人にすぎず、著しい不均衡がうかがえる。

観光による外貨収入が、石炭や羊毛を抜いて第１位になっている同国では、1991年に観光専門に扱う観光省を設立し、観光立国に力を注いでいる。同国への旅行を促すテレビＣＭや雑誌媒体、イベントなど、日本国内でも盛んに展開されているが、もちろん広報だけでなく様々な外国客誘致策が行われている。なかでも大がかりな取り組みといえるのが観光投資促進策であり、その概要を以下で紹介する。
■宿泊施設について
92年2月26日以降に建設された短期旅行客向け施設には年４％の償却を認める。
■所得構造の改善について
観光に関連する駐車場、道路、歩道などの整備に対する資本コストは今後40年間にわたり年2.5％の控除を認める。
■海外からの投資の承認手続きの簡素化について
・500万〜5000万ドルまでの海外からの投資は届け出のみで可能。
・観光リゾートに関連する資産は政府の許可なしで個人購入可能。
・居住用地の50％までは海外投資家に計画提示なしで売却可能
・外国人による非居住区の商業用開発不動産の外国人による取得には50％オーストラ
リア出資の参加は必要ない。また出資がない旨提示する必要もない。

　　

（出典）Office of National Tourism 1998

シンガポールはアジア屈指の観光大国といえる。１年間に人口（約360万人）の２倍以上の海外観光客を受け入れ、国家歳出予算の50％近くにあたる観光収入（95年で116億シンガポ−ルドル）に依存している。人口のわずか３％程度の受け入れしかできていない日本とは状況が全く異なる。
しかし上向きであった同国の観光客数も、アジア経済危機の影響で96-97年は減少に転じた。具体的な要因としては、特に最大シェアを占める日本人観光客の減少、さらに中国本土返還を控えた香港に観光客が流れたことが大きい。

観光は国を支える基幹産業だけに、シンガポール政府も観光客誘致のために様々な施策を展開している。その基本戦略とされるのが1995年に打ち出された「ＴＯＵＲＩＳＭ２１」という観光振興ビジョン。観光資源の再構築による観光都市の演出（具体的には、自然、歴史、文化、建築、エンタ−テインメント、エスニックなど１１のテ−マゾ−ンの開発）や大型プロモ−ション、観光関連ビジネスなどでの方向性が示されている。これらのプランの策定・実施にあたってきたのがシンガポ−ル政府観光局である、98年ＳＴＰＢ（Singapore Tourist Promotion Board ）からＳＴＢ（Singapore Tourism Board ）に改称し、観光客誘致だけではない総合的な見地からの観光振興を展開している。
現在は、何より観光客減少に歯止めをかけることを主眼に施策が展開されている。例えば情報ハイテクの駆使。インターネットによるシンガポール・オンライン・ガイドは、動物園や野鳥園などの詳細な情報が満載され、予算や場所に応じたホテルの選択や電子メールでの予約を受け付けている。日本向けに独自のホームページも用意する周到ぶりで、昨年は観光にも影響を与えるインドネシアの森林火災による煙害などは衛星写真を活用し分析も行った。
さらに国内の観光産業育成を目的とし、直接地元の観光関連企業に対して助成金制度を設けた支援を行っている。これは10年間で総額8000万シンガポールドルを提供するもので、99年からテーマパークや各種イベント、目新しいツアー旅行の企画などへの支援を開始している。
◇ 観光政策〜TOURISM 21〜で掲げる６本の柱
観光を通し経済発展と国民の生活水準向上を実現しようとするシンガポールの "世界の観光首都"を目指す政策である。観光首都では、活発な観光が行われる地点、観光産業というビジネスセンターの創造、観光のハブ機能の担い手を兼ね備えた都市であり、その実現のため具体的には、次の６つの戦略目標を掲げている。



◇ 観光政策〜TOURISM 21〜で掲げる６本の柱 １． 観光が持つ意義の再定義 〜観光とは生活や産業、都市計画すべてにかかわるものであること〜 ２． 観光商品の再形成 〜シンガポールを世界ブランドにする〜 ３． 観光産業の開発 〜観光を巨大な産業クラスターとしてとらえる〜 ４． 新たな観光スペースの配置 〜世界の観光のハブ（中核）的機能を形成する〜 ５． 成功に向けたパートナーシップ 〜官民と各部門の協力〜 ６． 未来の観光覇者へ 〜資源を優先的、効率的に投入〜 （出典）ＳＴＢ資料

（４） 中　国　〜観光大国へ向け急速に躍進〜

観光という分野については、近年着目を始めたばかりの中国であるが、世界有数の観光資源を背景に外国人観光客数は劇的に増加している。

�@概　況

世界有数の歴史・自然資源を持ちながらも、その国際観光化には消極的であった中国も、90年代に入り観光地整備に対する投資や環境保全対策など、急速に観光立国へ歩み始めた。96年の国際観光到着者数で中国は世界第６位となり、また外国旅行者数も、1997年には91年の2.5倍の約532万人を記録するなど、すさまじい成長ぶりを示している。

これら外国人観光客の増加は、中国の著しい経済成長と開放施策によるものであるが、豊富な観光資源を後ろ盾にして、観光振興に本腰を入れ始めた中国姿勢の転換も着目される。その一端として、中国政府が「中国観光年」と名付けた97年には、これまでの中国にはなかった斬新な報告も発表されている。

　
◇政府報告の概要 ・中国は豊かな鉱物資源に加え、美しい景観や名所旧跡は最大の資源である。 ・これらの景観資源は石炭・石油と違いいくら使っても減らない資源である。 ・従って、世界から人々を中国に呼ぶようにすべきである。 ・そのためには、観光地の開発や美化、サービスの向上を図るべきである。 ・そうすれば、中国の貿易赤字解消にも貢献するだろう。 ・また景観美は不滅のものとなり、環境改善、公害問題の解決にも役立つ。 ・そして、接客態度が改善されれば、中国人も礼儀正しくなり国際的になる。 ・その結果、中国は理想的な社会になる。 ・従って、政府は中国の観光産業に対して、優遇処置を講じ、国家観光局を見直し、観光政策を改革開放政策の最重要政策として位置づけるべき。


同報告には、学会・各関連部局から「極論にすぎる」「具体性にかける」との反響も出ているが、政府の観光重視ぶりが具体的に占めされた点は画期的といえる。
現実の中国の観光振興は、その交通基盤の整備や観光地の基本的整備など基盤的なものが進められているにすぎないが、世界に類を見ない貴重な観光資源を多数持つだけに、今後は世界的な観光動向を左右する地域として注目されよう。
ただ留意しなければならないのは中国の観光政策はインバウンド第一主義であるということ。中国人の国内旅行を活性化することは国策として第２番目、また中国人の外国旅行はさらに第３番目に据え置かれ、一般的に締め付けは厳しい状況にあり、これは他国と大きく異なる構図である。