『都内中小製造業の技術・技能集積と人材育成に関する調査』結果概要

かけ声先行の産学官連携からの脱皮

大学は民間企業とのビジネスベースの関係づくりを急げ

　九０年初頭からの米国の長期好況を支える原動力として、ＩＴ（情報技術）やバイオなどをはじめとするハイテク分野のＶＢ（ベンチャービジネス）の台頭、そしてそれを支える大学の役割や、大学と民間企業の研究開発における強い結びつきが、広く認識されるようになった。このため、大学、国公立試験研究機関などが有する研究シーズの民間企業への移転を促したり、産学連携の強化を狙った政策がわが国でも矢継ぎ早に打ち出されている。しかし、筆者の見るところ、国・地方の期待や産業界のニーズと、大学等の現場（組織・研究者）には大きなギャップがあることを指摘せざるを得ない。また、国などが進める産学官連携は、依然として管理的発想が根強く、成果の把握や事業化の推進等についてもプラクティカルとはいえない面がある。そこで、こうした局面を打開する方策について提案を述べてみたい。

㈱日本アプライドリサーチ研究所　調査研究部研究主幹　松田保孝

［視点］

★わが国の産学連携は、自然段階で形式的なものにとどまっており、国等の補助がなければ実際は成立しえないような状況にある。

★特許の商業化などテクノロジーコマーシャライゼーションは、専門企業・人材を活用することでしか実効をあげることはできない。また、技術移転は、特許中心ではなく、大学・民間企業の研究協力を主軸として推進すべきである。

★大学は、これまでのあいまいな企業との協力関係から、プロジェクトベース、契約ベースでの企業との研究協力関係の構築に努力すべきであり、そのための学内の機動的体制づくりが急務である。国は産学連携の推進方式を大学の自主性に委ね、種々の干渉を廃すべきだ。

■中小企業に戸惑い、大学は受け身

　なぜ昨今喧しく産学連携が叫ばれているのか。考えてみればテクノポリス以来それは地域産業の飛躍の不可欠の要素として標榜されてきたものだ。しかし、実際はどうか。わが国における産学官連携が、企業・大学の研究者同士の熱意や、個別の研究プロジェクトの事情に依存した形で、つまり結果的に成立したものがほとんどだ。また、連携のためのシステムや各種支援機関はすでに各地に存在しているおり、産学官連携お掲げていない組織は見あたらないといってもいいほどだ。しかし、それらは有効に機能しているだろうか。

　産学官連携の実態を企業サイドから見てみると（中小企業庁調査、九七年一一月）、産学連携をすでに実行している企業は大企業では五０％にのぼるが、中小企業ではわずか五％と低調である。今後の取り組みについても、積極的に連携したいとする企業は、大企業で二五％、中小企業では三％と少ない。また、中小企業では連携することはない（二七％）とか無回答が（四五％）多く、消極的な姿勢が浮き彫りにされている。

　一方、大学の研究者サイドに対する同様の問では（（財）中小企業総合研究機構調査、九九年一一月）、積極的に連携したいという回答が二０％あるものの、働きかけがあれば連携したいという回答がもっとも多く過半数（五二％）を占め、受動的な姿勢が色濃い。（図１）

　また金額面で現状をとらえてみると、民間企業から大学等への供与される研究費は七百一八億円で、米国の三割弱、ドイツの六割強という低水準にとどまっている。大学の研究費全体に占める割合は、米国では約六％、ドイツでは九％弱であるが、わが国ではわずか２％強となっている。（図２）これらから、企業・大学サイド双方とも産学連携への意思は有しつつも、企業は基本的には自前の開発を優先し、大学の研究者にとっては自らの研究における位置づけは低いとことがわかる。

■補助金で成り立つ産学連携

　ところで、一言で産学連携といっても、これには様々な様態や段階がある。（表１）第１フェイズ（自然段階）は、地域の企業と、大学、試験研究機関等の間での何らかの交流、相談、指導などの関係が存在するという状態である。そのレベルは大学の研究者から意見・助言を求める程度のものから、具体的な研究開発・製品開発指導に近いものまで幅広い。

　第２フェイズ（形成段階）は、民間企業や国などが、大学等に資金を供与し、委託研究や共同研究の形態で行われるものである。これは、覚書と奨学寄付金（数百万円程度）という形でなされるのが一般的であり、優秀な学生の確保をねらった名目的なものや、研究室の学生を低廉な労働力として活用するという例も少なくない。国・地方は従来から有望と目される研究テーマに対して補助金等を交付し、産学官連携のプロジェクト体制を組み、多数の事業を実施している。実は、こうした補助事業がなければ本格的な産学官連携は成立しないといっても過言ではない。

第３フェイズ（戦略段階）は、大学が自らの研究シーズの商業化・事業化を目指した組織的な推進体制を持ち、企業側はプロジェクトベースのビジネス活動として委託・共同研究などを実施している段階である。日本企業においても海外の大学や機関等と協力を行う場合は、これが基本である。しかし、国内では少数例にとどまっている。今全国で設立ラッシュにあるリエゾンオフィスや技術移転機関（ＴＬＯ）はまさにこの仲介機能を目指したものだ。しかし、ＴＬＯの職員や大学の教員が、企業のニーズを聞いて回れるのかといった疑問が呈されよう。

■国有特許が事業化の足枷に

特許の商業化・流通化などの動きとの関連で見ると、第１フェイズでは、大学の研究者側によほどの動機がなければ、特許への関心は薄く、顧慮されることは少ない。第２フェイズにおいても、多くは企業が権利者となり、一部が国有特許とされる場合が多い。第３フェイズでは、当然ロイヤリティが商業ベースで取り決められることとなるし、また、発明者自身が事業化に踏み切るケースも起こりうるが、兼業規制の緩和がようやく緒についたばかりの国立大学のみならず、私立大学においてもそうした事例は少ない。

ところで、大学の特許料収入に関しての日米格差（米国が五五六億ドルであるのに対し、日本がわずか三千万円余りにすぎない（九五年））は、わが国の大学（および大学研究者）が特許という形で自らの研究の知的財産化を図ろうとする意識と戦略を有していない証左のように取りあげられている。実際最近三年間の大学研究者の特許取得状況を、ある地域ケーススタディで見ると、大学研究者の実績は一人当たり平均で年０・一九件と低水準であるが、複数取得者と全く取得していない者に２極化しており、後者が全体の八割を占めている。（注１）。

　ここからは、全くテクノロジーコマーシャライゼーションへの道は遠いと思わざるをえない。しかし、これは従来の特許制度や大学（および研究者）への諸規制が、いかに研究・技術シーズの特許化という形での技術移転にネガティブに作用してきたか－たとえば、基本特許が国有の場合、事実上市場化が難しく、ＴＬＯ運営において大きな障害になっている（東京大学・玉井克哉）－を示すものと解するべきであり、本番はこれからだと考えるしかないだろう。

■産学連携拡大に何が必要か

こうした状況を打開し、産学連携をより実際的で高次なフェイズに移行するため、特に重要と考えられることを以下述べてみたい。

①大学等の研究シーズを可視化する努力・・・・大学の研究内容を社会にわかるような形で説明する義務も、動機づけも大学側にはこれまでは存在しなかった。したがって、これを探るには社会の側から問題意識を持って、学会や論文を検索する努力を払うことが通例であった。社会の側からは、大学は言うなれば不可視の状況にあったといえる。まず、大学の研究成果の社会還元を進めるには、まずこれを制度的に可視化することが必要だ。大学にはそもそも価値あるシーズがあるとかないとか、あるいは、研究（者）の評価が困難だとかいう議論は、自ずと出口を見いだすことができるであろう。

②大学等の研究人材の流動化促進・・・・米国の大学等の研究者が積極的に社会と関係を持ち、企業との研究協力に熱心であるのは、その背景に彼らが熾烈な競争にさらされ、決してその地位が安泰ではないという要因が作用していることを見逃してはいけない。それに比べ、わが国の大学研究者の置かれたポジションは、総じてきわめて"安定"したものだ。大学の常勤教員比率・終身在職権者比率を国際比較してみると、わが国は飛び抜けて高い状況あることからも、これはうかがえる。（図３）

　こうした身分の固定は、閉鎖性を生み、研究の停滞につながりがちであることは論を待たない。企業人材等の外部人材の大胆な登用や、ポスドク（任期付き研究者）など流動的な研究体制の導入等で、新しい血を注ぎ、風穴を開けることが不可欠である。公設試などにおいても、研究者はほぼ百％地元人材で占められ、民間との人事交流も少なく、人材の高齢化が進んでいる。併せ改革が必要である。

③貧弱な研究サポート体制の強化・・・・研究・教育以外のさまざまな雑務に忙殺されるという不満が研究者サイドからは多い。実際「労力を割かれる」ことが特許出願をしない理由のトップ（四五・五％）にあげられている。（科学技術庁「わが国の研究活動の実態に関する調査報告」九九年九月）わが国の研究従事者数は、英独仏を大きく凌いでいるが、研究支援者（研究補助者、技能者、研究事務関係者等）は、長期的に減少を続けている。研究者一人当たりの研究支援者数は、０・三八人（大学では０・二０人）と、ドイツ０・九人、フランス一・０七人、英国一人などと比べ著しく低水準にあり、研究サポート体制が人的に貧弱であることは明らかだ。詰まるところ、研究者のこれ以上の量的育成を抑制するか、研究支援者育成を飛躍的に充実させるか、今が選択の岐路である。

④契約ベースの産学連携づくり・・・・まるで「流行り病」（九州東海大学・西川正雄）のように大学の特許の事業化を通じた技術移転が標榜されているが、これは技術移転の一手法にすぎないことを銘記すべきである。現に米国においても、特許を全面に打ち出した技術移転は、バイオやソフトウェアなど一部の分野にすぎず、大部分は研究協力が中心となっている。

　したがって、わが国の企業・大学が、まず取り組むべきは、研究協力のあり方をより明確なプロジェクトベース・契約ベース（＝ビジネスライクな関係づくり）に転換し、活発化する努力と、それを可能とする学内の機動的な実施体制づくりである。

⑤特許の事業化にはプロの活用を・・・・特許申請においては関連先行特許の検討、特許の権利範囲の設定などについての綿密な作業や、維持費用を負担などが生じる。さらに、待っているだけでは売買は成立しないから、買い手になりうるターゲット層を探しだす努力も必要だ（ネットに掲示するだけでは事が運ぶわけではない。契約の成立までには膨大なフォロー工程があるのだ）。そのための専門知識やノウハウも欠かせない。これらを大学研究者個人が行うことも、そしてＴＬＯがこなすことも実は至難の技である。

　米国の例に倣うなら、ニコル・ライマースのような売り手・買い手のマッチングをなし得るプロ人材の活用が必須の要件であり、公的機関などが"にわか官製"ビジネスで特許の商業化を進めることはきわめて困難で非効率であることを十分わきまえるべきである。早晩わが国においても、この隘路が認識され、民間のニュービジネスが台頭してくると想像される。

⑥国はルールづくりに徹する・・・・「競争的研究資金」の拡充が期待されているが、課題審査の透明・公正さに対する疑問の声が強い。また、産学官連携プロジェクトには有形無形の干渉や規制がつきまとっていることも多くの当事者が指摘している。もし成果を生む産学官連携を本当に望むなら、この際国や地方は、ナショナルプロジェクトとして戦略的に必要な分野を絞りそこに重点投資を行うこと、そのための競争的環境づくり、ルールづくりに専念すべきである。したがって、プロジェクト選定、公募、審査、評価などは第三者機関に委ねるなどの大胆な方向転換を行うべきである。

　いったんプロジェクトが始動した後は、ルールにそった評価を後でやる以外は基本的に「自由にやれ」（アーサー・Ｄ・リトル）という米国政府に見られるような立場を貫き、研究者のイニシアティブを発揮させることが結局は早道であろう。

（注１）（財）中小企業総合研究機構の前掲の調査による。サンプルは、広島県、熊本県の工学系大学の研究者281人。

＊本論は、2000年2月18日付日本工業新聞「シンクタンクの目」掲載稿を加筆修正したものである。

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