---

90年代に入って、地方財政の急速な悪化が進んでいる。しかし日頃自治体の方々と接している限りは、このような現状認識をもっているものの、その改善策はいまだ積極的におこなわれてはいない。

このような問題意識のもとで、本研究所では筆者を中心とした公共経営問題プロジェクトチームが、８月上・中旬にかけて首都圏（１都６県）の主要111都市に対して、『自治体の財務改善に関する緊急アンケート』を実施した。同アンケートは、あくまで昨今の自治体財務に関する関心の高まりを背景として、基本的にいかなる改善策を実施しようとするのか等に焦点をあてたコンパクトな設問である。この種のアンケート調査は、すでに多くの調査機関で実施されていると思われがちであるが、実際には最近になってマスコミ等で問題視されてきたため、未だある程度の規模で統一的に実施されていないのが実状である^（注１）。この点において、本調査は今後の自治体財政の改善に向けたパイロットサーベイともいうべき調査である。

以下では、このアンケートの集計結果を中心として、今後の自治体の財務改善に関する若干の方向性を提示することとしたい。

２

調査方法の概要

まず今回のアンケートの調査方法について、その概略を説明しておこう。既述のとおり、調査対象は首都圏（東京都、神奈川県、千葉県、茨城県、栃木県、埼玉県、群馬県）の主要111都市である。すなわち東京都については23区と区外の全市（28市）を対象としたが、その他の県はいずれも人口上位10市を調査対象とした。
調査方法は、アンケート用紙（Ａ４版、２枚）を説明文とともに郵送したが、その回収は当社へのＦＡＸを利用してもらった。アンケート用紙の配布は７月29日におこない、その回答期限は８月21日とした。回答都市数は26市であるため、回収率は23.4％である。ちなみに回答を返送していただいた26都市名を列挙すると以下のとおりである（アンケート到着順）。

武蔵村山市、北区、栃木市、鹿沼市、墨田区、東久留米市、八千代市、日野市、荒川区、
国分寺市、上尾市、厚木市、市川市、江戸川区、越谷市、川口市、小金井市、船橋市、
春日部市、真岡市、鹿嶋市、港区、所沢市、中野区、横浜市、相模原市。

質問内容は、大きく分けて�@財政逼迫の原因と対策、�A企業会計の導入意欲、�B事業評価手法の導入意欲、�C導入に向けた検討体制の４つである。財務改善の関連では、�A、�B以外にも、職員数の削減計画や第３セクターの改革計画など、さまざまな項目が考えられるが、今回の調査ではその第一弾として、企業会計と事業評価手法の２分野に限定した。

３	アンケートの集計結果

＜財政逼迫の原因と対策＞
まずアンケートでは、自治体財政が今後どの程度逼迫するか、またその逼迫理由や収支改善策等について聞いてみた。図１のように回答都市のうち、「非常に逼迫する」と「やや逼迫する」を併せると、全体の92％がいずれ逼迫すると答えている。首都圏といえども、きわめて多くの都市で今後とも財政悪化が継続することが確認される。

これらの逼迫する都市に限って、その逼迫する理由を複数回答で選択してもらった。いま複数回答において、各選択肢の回答数を全都市数で割った比率を回答率と呼べば、図２のように「税収ほか収入の伸び悩み」が96％と最も高く、次に「地方債の償還額の増加」が63％、「人件費の上昇」が54％となっている。ほとんどの都市では、収支両面で悪化することを予想している。また「地方債の償還額の増加」「人件費の上昇」が上位を占めていたことは、財政悪化が短期間に解消しづらいことを示している。特に「非常に逼迫する」都市に限ると、「人件費の上昇」が80％となり極めて高かったことが注目される。

なお、「介護保険制度の導入」が全体の２割未満と意外に低かったが、これは高齢化率の低い首都圏特有の事情によるものと推察される。また「その他」の少数意見として、「新規施設の建設とその運営」が２都市、「補助金の削減」が１都市あった。

このような財政逼迫の状況をどのような方法で把握しているのかを図３でみると、「財政収支計画書の作成」をあげている都市が54％を占めているが、「特に採用していない」都市も25％あった。もちろん、「財政収支計画書の作成」をおこなっていない都市でも、非公式な数値予想は担当者サイドで作成していることが予想されるが、民間企業で財務内容の把握にあたり中長期の収支計画を策定していることが一般的であることを考慮すると、「財政収支計画書の作成」が５割強にすぎないことは、かならずしも評価できることではない。ただし、「事業評価手法の導入」「企業会計手法の導入」とも「非常に逼迫する」都市が「やや逼迫する」都市よりも多く導入していたことは、注目すべき事実である。

さらに収支改善策として具体的に実施している方法を図４によってみると、「職員数の削減」が88％、「経費全般の削減率の引き上げ」が67％となっていた。その反面、「収益の悪化している部門（第３セクターなど）の廃止・解散」「特に採用していない」は、皆無であった。都市別にみると、「非常に逼迫する」都市において、「受益者負担の強化（手数料の値上げ等）」が極めて高くなっていることも目立っている。

図２〜図４の結果から判断すると、現状の収支改善策が民間企業などの抜本的な対策と比較してかならずしも積極的におこなわれていないことがわかる。

＜企業会計の導入意欲＞
最近の地方財政を巡る議論のなかで、企業会計と事業評価手法の導入がしばしば話題になっている。現在の自治体会計は、現金主義にもとづく単式簿記方式を採用しているため、発生主義にもとづく複式簿記方式を採用する企業会計と比較して、財政逼迫の程度を正確に把握することができないという問題点が指摘されている。このため自治体では、企業会計の導入に関心がよせられている。

そこで企業会計の導入状況についてみると、図５のように「すでに導入ずみ」の都市は４％（１都市）にすぎず、「未定」と答えた都市が最も多くて42％であったほか、「導入する予定はない」と答えた都市も12％程度あった。もちろん「長期的には導入予定」という都市も31％に達しているが、全体としては現時点で導入に慎重な自治体が多いことが窺える^（注２）。特に「非常に逼迫する」都市では、「未定」が全体の50％と総計より多くなっており、企業会計手法の導入に対してさらに慎重になっている。

企業会計の導入に慎重な都市が多い理由を探るため、企業会計手法を「導入する予定にはない」と「未定」の都市に限って、その導入しない（あるいは未定の）理由を聞いた。図６のように「作成方法が統一されていない」が85％に達していたほか、「その他」（23％）、「導入してもさほどメリットがない」（８％）と続いた。本アンケートでは、このほかに「住民から特に要求されていないため」「財務内容がそれほど悪くないため」「導入に反対する部署があるため」という選択肢もあったが、これらの選択肢を選んだ都市は皆無であった。なお、「その他」を具体的にみると、「検討中」が２都市、「地方自治法に規定がない」が１都市であった。

「作成方法が統一されていない」が圧倒的に多い背景には、地方自治体のような公的セクターでは、かならずしも杓子定規に民間企業と同一の会計基準を適用できないことがあげられる。例えば、道路や橋の耐用期間や減価償却率をどう考えるかが、バランスシートや損益計算書の数値に大きな影響を与えるが、これに対する基本的な考え方は確立していない。このため各自治体への企業会計手法の導入は、かならずしも環境整備が進んでいないことに注目すべきであろう。

＜事業評価手法の導入意欲＞
一方、個別行政サービス（公共投資等を含む）への事業評価手法の導入も、財務改善の手段としてしばしば指摘されている。事業評価手法は、企業会計にもとづく決算書（特に損益計算書）を作成するにあたっての基礎的データとなるため、きわめて重要である。しかし行政サービスには、日常の福祉、ゴミ回収・焼却などのサービスから、病院や公営の競輪・競馬事業等の収益事業まで、極めて多様なサービスがあるため、これら個別事業ごとにいかなる手法を導入するかを決めることは容易ではない^（注３）。
そこで本アンケートでは、サービスを分類するにあたって、以下の（参考）のように自治省編『地方財政統計年報』に掲載されている各種会計ごとに、その代表的な事業を想定して回答してもらった。

図７によると、「導入ずみ」は普通会計の12％（３都市）のみにすぎない。「今年度中に導入」「数年以内に導入」「長期的には導入」（以下、「いずれ導入」という）では、普通会計が77％に達しており、「未定」は19％となっていた。これに対して公営企業会計では「いずれ導入」が40％、「未定」が50％、収益事業会計では「いずれ導入」が42％、「未定」が50％、その他の公営事業会計では「いずれ導入」が30％、「未定」が61％となり、普通会計などの日常的なサービスほど長期的には事業評価手法を導入する意欲があることが確認できた。このような傾向は、普通会計ほど事業評価手法が導入しやすいというよりも、まず財政悪化の改善に向けて普通会計から検討を開始することが重要と考えているためと予想される。

次に、事業評価手法を導入予定（あるいは導入済み）の都市に限って、公表方法をいかに考えているか聞いてみた。すなわち事業評価手法による計測結果は、多くの場合、なんらかの数値で示すことができるが、いざこの結果を公表する段階では多方面の反響が予想されるため、選択肢による評価（例えば、Ａ、Ｂ、Ｃ……や○、△、×など）、言葉による評価（例えば、「今後、見直しをおこなう必要がある」など）も考えられる。そこで�A〜�Cの会計に関して、いかなる公表方法を採用しているのかを質問してみた。
図８によると、「数値による評価」を想定している構成比が50％に達していた。事業評価手法の計測以上に、その公表にともなう各種の影響が大きいと想定されるため、自治体があえて「数値による評価」の実施を予定していることは意外な結果である。もっとも、未だ大半の都市で事業評価手法を導入していないことから、このような公表方法を本当に採用するかどうかは、さらに導入が現実的となった段階で再度確認する必要があろう。なお、「その他」として、「未定」が２都市、「選択肢と言葉を併用した評価」が１都市、などがあった。

＜導入に向けた検討体制＞
最後に、企業会計や事業評価手法の導入を実施するにあたって、外部の研究機関（監査法人等を含む）に調査を委託するか、それとも内部のみで検討するのか、いわば導入に向けた検討体制を確認した。この設問は、事業見直しにあたって研究機関を第三者機関として活用すべきかどうかという意識を探るものでもある。
まず外部の研究機関に委託する予定かどうかを確認すると、図９のように「未定」が46％と５割弱を占めている。これに「当面は委託する予定なし」を加えると65％に達しており、未だ導入にあたっての検討体制を確立していない現状が現われている。また外部の研究機関に委託しない理由を聞くと、図10のように「専門の研究機関が見当たらない」が60％、「予算の余裕がない」が35％、「外部機関では内部事情を把握できない」が20％となっている。圧倒的に、専門の研究機関が少ないことを指摘している。このほかの選択肢として、「時間の余裕がない」「その他」があったが、「時間の余裕がない」は皆無であった。また「その他」の少数意見としては、「検討中」、「事業評価手法の導入自体が未定である」など、自治体ごとに様々な段階にあることが示されている。

本調査によると、首都圏の都市財務が今後急速に悪化していく点については、少なくとも回答セクション（例えば、財政課など）では、ほぼ共通の認識が得られていることがわかった。しかし大半の都市では、財務改善策として単なる職員数の抑制や経費の一律圧縮といった政策が採用されているにすぎず、積極的に悪化を食い止める効果的な政策が実行されているわけではない。このため現在求められている政策は、不必要なセクション（またはサービス）を思い切って改廃することであろう。
その場合に、本アンケートで重点的に調査した企業会計や事業評価手法の導入が不可欠であるが、これらの手法がかならずしも導入しやすいように開発されているわけではない。これを裏付けるように、企業会計を導入しない理由として８割以上の都市が「作成方法が統一されていない」ことをあげたほか、「地方自治法に規定がない」と指摘した都市もあった。作成方法が決められていないことが、導入意欲を低下させる大きな要因となっているため、政府が中心となって早急に統一基準マニュアルを作成する必要がある^（注４）。
さらに「専門の研究機関が見当たらない」と答えた都市が６割に達するように、政府とともにシンクタンク等の専門研究機関も、実務的な研究を充実させる必要がある。もちろん、このような施策は、財務改善に向けた第一歩にすぎないが、これらの手法を公共経営の評価に早期に導入することが、結果的に財政を改善することに寄与しよう。



注） 代表的なアンケート調査として、日経産業消費研究所「全国調査、670市・東京２３区の行政改革」『日経地域情報』No.321、1999年６月21日号があげられる。 なお、日経産業消費研究所（1999）のアンケート（全国670都市）によると、企業会計手法の導入に関して「実施の考えはない」が66.7％、「実施へ向けて検討している」が10.0％、「いずれ導入の予定」が1.2％、「すでに導入している」が0.5％となっている。この結果と比較すると、首都圏では導入の予定にない都市の割合がかなり低いことから、総じて企業会計に前向きであると考えることもできよう。 代表的な事業評価手法として、旅行費用法、ヘドニック・アプローチ、仮想的市場評価法（ＣＶＭ法）、便益帰着構成表分析などがあげられる。詳しくは、当研究所のホームページ（URL；http://www.ari.co.jp）における「緊急提言；予断を許さない自治体の財政改革」を参照されたい。 このほか日本公認会計士協会でも、「「公会計原則（試案）」とその概要」『ＪＩＣＰＡジャーナル』No.510.平成10年１月、「地方公共団体のディスクロージャーについて−その実態分析と提言の概要−」『ＪＩＣＰＡジャーナル』No.520.平成10年11月などを公表している。これらの内容をさらに検討していく必要があろう。